綿毛

 青年が庭の蒲公英を摘むと、途端に風が止んだ。無風だ。微々たる風も吹かない。
 青年は綿毛に命を吹き込むことが出来る。風たちは自分たちのお喋りで綿毛が飛んでしまわないように、お喋りをやめたのだ。
 青年は丘の上にいる。見下ろせば町があった。振り返れば木々が生い茂っていた。耳を澄ませば町の喧騒と動物たちの声がうっすらと聞こえた。
 綿毛には物語が眠っている。それは一つ一つ、違うものだ。ある綿毛は王子様と魔女の恋愛であったり、ある綿毛は仲の悪い家族が仲良くなる話であったり。綿毛に暗い話はない。なぜなら、陽の光からの暖かさが全身に染み込んでいるからだ。
 青年は静かに息を吸い込んだ。一瞬、無音になる。綿毛が生まれるのを、世界が待っている。
 ふっ、と息が吐き出される。綿毛は今だ、と勢い良く空へ浮かんだ。それを届けようと、風たちがお喋りを始める。
 青年は遠ざかっていく綿毛を見ながら、綿毛のお話がいろんな人に届けばいいなと思った。
 だが、綿毛はそんなことも知らず飛んで行く。自分の話を誰かへ伝えに。

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